尺八という楽器は、一体何なのか。はじめての方へ、尺八についてご紹介します。

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3分でわかる 虚無僧

尺八=虚無僧・・・?

 虚無僧(こむそう)は、その容貌のインパクトが強烈なので、世間一般的な認知度はとても高いのですが、その実態は、ほとんど正確なところが知られていません。(江戸時代以前の書物や伝承等はほとんどが信憑性に欠け、おそらくかなりの割合で、作り話です)

 虚無僧に関しての研究は他に譲るとして、ここでは、一般教養の範囲で、最低限知っておいて欲しい事柄を掲載します。


虚無僧とは要するに、ナニモノなのか

虚無僧 ・ 虚無僧というからには、僧侶(お坊さん)です。

・ 虚無僧の宗派は、仏教の、普化宗(ふけしゅう)という一宗派に限定されます。

・ 普化宗では、お経を唱えるかわりに、尺八を吹くことを修行としました。これを吹禅(すいぜん)と呼びます。(「座禅」に対する用語です)

・ 托鉢(たくはつ:民家の門前でお経を唱えて金銭や米穀の施しを受けること)を行う際も、普化宗の修行僧は尺八を吹きました。尺八が吹ければ米や金がもらえる、と多くのニセ虚無僧が横行し、(そのほとんどはホームレスだったようですが)ここに大道芸人、ストリートパフォーマーの先駆型を見ることができます。

・ 下剋上の戦国時代を経て、江戸幕府の成立により大量にあふれた戦国武士が、生活の糧を得るために多く虚無僧となりました。 文字の読めない彼らにとって、お経を唱えなくてよい普化吹禅は好都合でした。

・ 江戸時代以降、虚無僧の多くはお坊さんではありません。

・ こうして江戸時代、普化宗は繁栄し、全国各地で虚無僧を多数抱える普化宗寺院の「名門」が生まれました。(博多一朝軒:いっちょうけん、京都明暗寺:みょうあんじ、下総一月寺:いちげつじ、など)これらのお寺では盛んに尺八の演奏・研究活動が行われそれぞれに独自の尺八曲目が伝えられています。

・ 天蓋(てんがい)と呼ばれる大きな編み籠をかぶるようになったのは、罪人が顔を隠すためといわれています。虚無僧には、ちょっとコワイ系のお兄さんたちもだいぶ混じっていたようです。

・ 明治期に入り、維新政府による神道国教化政策・廃仏毀釈運動で、仏教であるところの普化宗は断絶しました。

・ その後も各地で虚無僧の活動は続きましたが、太平洋戦争の混乱でそれらは全て消滅しました。

・ 以上を総括すると、虚無僧とは、仏教の普化宗に属する僧侶のことで、尺八なんてろくに吹けないアウトローな方々も中には混じっていましたが、仏門の僧侶というよりは、楽器の演奏者としての性格が強く、日々托鉢吹禅を行い、各地の普化寺に伝わる秘曲習得のために全国を行脚した、というところになりそうです。

・ 現在、ホンモノの虚無僧はおそらく存在しません。尺八と共に歴史を歩み、多大なる財産を残してくれた虚無僧ですが、現代において尺八を吹く上では、全く無関係ですので悪しからず。






虚無僧について 応用編

以下は、実際に尺八を吹く上で必要となる知識です。やや専門的な内容を含むので、尺八を吹いたことのない方は読み飛ばして構いません。

虚無僧は、どんな曲を吹いていたの?

「古典本曲」(こてんほんきょく)と呼ばれるものが、それです。多くは、お経を唱える旋律を模したものといわれています。

同じ曲名でも、伝わった普化寺により内容が異なることが多く、それらは曲名の前にその寺名を付して区別します。(普大寺鈴慕、松巌軒鈴慕など)

江戸中期に黒沢琴古と名乗る虚無僧が、全国の普化寺に伝わる本曲を集め36曲を制定しました。これを琴古流本曲36曲と呼びます。ここから琴古流の歴史が始まります。

尚、これらの琴古流本曲を含めた「古典本曲」と「都山流本曲」とは全くの別物です。都山流本曲は、明治期に都山流開祖・初代中尾都山が作曲した作品群のことで、虚無僧の活動と重なるところはありません。ただ単に「本曲」といった場合、流派により指す内容が異なるので、注意が必要です。

これらの「本曲」は全て、尺八のみによる演奏用に作られているところが特徴です。これに対して、主に箏・三味線などとの合奏を目的とした曲目を、本曲と区別して「外曲」(がいきょく)と呼びます。「本曲」を重視・別格視しようとする姿勢がうかがえます。

現在では古典本曲の楽譜が多く出版され、比較的簡単に入手することが可能ですが、これらの楽譜には「吹き方を熟知している演奏者の備忘録」的な内容しか記述されていません。(持統天皇の和歌「春過ぎて夏来にけらし・・・」を「持統」とだけ表記しておくようなものです)

よって、古典本曲の習得には、楽譜に書かれていない、口伝によってのみ現在に伝えられるおびただしい量の手法を逐一マスターしていく必要があり、楽譜やCDが手元にあるからといって、独習はほぼ不可能です。


古典本曲の楽譜は、知らなければ吹けない(『秋田菅垣』冒頭の例)

楽譜上の表記

楽譜に記されている内容。必要最低限の内容のみが記されている。
実際の演奏

実際に演奏する内容。左の楽譜の音形パターンを見て類推し、頭の中でこの内容に変換する。当然、知らなければ吹けない。

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